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4.19.2015

放射能安全神話の罠


福島原発事故後には、反原発運動が多くの人の賛同を得て、大きな力となった時期があった。しかし政府・企業による様々な方策と、それに乗って、自分の身を安泰にしようとする科学者・専門家達による新たな「放射能安全神話」またの名「安心神話」なる策動が、国民を洗脳せんとしていて、そのために本来の「反原発」の気勢が削がれている。反原発運動の専門家が云うことだから正しいのだろうと、多くの市民が考える。
しかし、こうした専門家が云うことは、初期の反原発運動が問題にした、放射線の影響を過小評価しようとする原子力推進側のICRP(国際放射線防護委員会)IAEA(国際原子力機関)などの云うことを追随しているに過ぎない。残念ながら、多くの市民は、こうした言い分の正当性を判断しようとする努力をしようとはしない。23の問題点を考えてみよう。
(1)最も普及している神話は、「100 mSv以下では、目にみえる健康への悪影響(ガン)はない。現在の福島の放射線量からして、100 mSv以上になることはないから、安心していなさい。そんなことにくよくよするほうが、健康に悪いですよ。」このテーマの根拠は、広島・長崎の被爆者の追跡調査である。これには内部被曝は考慮されていないーこれは大きな問題だが、それはさておき、この追跡調査の最新版(LSS14)のデータ(*1)は、「100 mSv以下でもそれより高い線量での影響率を延長した線上にあり、100 mSv以下でもガン発症危険率は有意にある」ということを示していて、この神話の根拠は完全に否定されてしまった。診療に使われるx−線による発ガン率も、100 mSv以下でも明瞭に線量依存の危険率の上昇が観測されている(*2)。すなわち、この神話は完全に間違っているのである。安全な放射線量の下限はない(*3)。
(2)安心神話を補強するために、現在起っている明らかな高率の小児甲状腺ガン発症が放射能とは無関係と主張している。これが放射能と関連していることが判明すれば、安心神話の根拠が大きく崩れる。無関係の根拠とされているのは(a)チェルノブイリでは、小児甲状腺ガンは、4−5年後から急増し始めたー福島の小児甲状腺ガンは早すぎるー福島事故以前からあったものであろう。(b)検査が精密で、通常なら検出されないガンまで検出してしまった(スクリーニング効果)。(a)が間違いであることの根拠は、日本では一部でしか報道されていないが、チェルノブイリでは事故が起きた頃、甲状腺検査用の精密な機器がなかったのである。4−5年後にアメリカから機器が寄贈されて、始めて検出されるようになったのであって、最初の数年間に小児甲状腺ガンが発症していなかったかどうか不明(*4)。また、最近のデータによれば、小児甲状腺ガンの潜伏期間は1年ほどである(*5)。したがって、こんなに早くからガンが出てくる可能性は大いにある。(b)スクリーニング効果とするならば、福島全体で似たような検出率になるはずである。しかるに、甲状腺ガンの発症率の地域依存性が、放射線量の分布と対応していることがわかってきた(*6)。これはスクリーニング効果とは矛盾するし、放射能との関連を示唆する結果である。
(3)安心神話は、ガンへの影響を芯にしているが、放射能の影響はガンばかりではない。むしろガン以外の健康障害の方が、広範に見られる。しかし、こうしたことを報道するメデアはほとんどない。例えば、心筋梗塞が福島県で急増しているし、その分布は放射線量の地域分布に関連している(*7)。厚生省の全国の死亡原因の統計も分析すると心臓関係の死亡率が、福島で高くなっている(*8)。福島県立医大での診療データは、様々な病気を持つ患者が急増していることを示す。前立腺ガン(2010年と比較して2012年には3倍)、直腸ガン(3倍)、非外傷性頭蓋内血腫(3倍)、狭心症(1.6倍)など(*9)。福島以外でも病気を持つ人が増えている。

さて、安心神話は、耳に心地よい。だれでも、不安は解消してほしいと願っている。そこで、上に述べたような「安心神話に対する反論」は、福島の人達に恐怖を与え、避難できない人達に避難できないことへの罪悪感を煽るなどと、非難・バッシングされる。この非難・バッシングをする人達の先頭に立っているのが、先の反原発主張だが安心神話を信奉する専門家達である。この人達は、上に述べたような反論を正常な態度で反論する必要がある。なお、この事象の一つの例が1年前にあったマンガ美味しんぼに関連した「鼻血論争」である(*10)。これ関しても、専門家達の頭からの否定以外、充分に納得のいく反論(低線量では鼻血などでないという)は見当たらない。
安心神話が神話でなく、事実なら(それを証明すべき)、行き着く先は、反原発ではなく、原発容認である。すなわち、現在のような状態でも放射能は安全なのだから、心配はいらない(上のような状態でも心配する必要がないと云えるのだろうか)。ということは今後この程度の事故が起きても心配はいらないーだから原発はあってもよいという帰結になるはずだから。これは、現在の状況(日本で50基の原子炉全てが停止していても電力不足はない)からの帰結:原発の必要性はないーにも拘わらず、原発再稼働を目論む政府・電力会社の思惑に賛意を表明することと同じになる。なぜ、このような主張に国民は誑かされてしまうのだろう。
以上は、一般論であるが、最近発売されたという「放射線被曝の理科・社会—4年目の福島の真実」」(児玉、清水、野口、かもがわ出版)に対する批判になる。「そつぎょう」(松本春野、岩崎書店)という絵本が、福島の現状をなんとか許容するように勧める内容で、先の反原発を装う安心神話信者である専門家達が推奨しているようである。

引用
1)Ozasa, K. et al, LSS-14, Radiation Res., 177 (2012), 229-243
2)Eisenberg, M. J., et al, Canadian Medical Assoc. Journal, 183 (2011), 430-436
3)落合栄一郎、「放射能と人体:細胞・分子レベルから見た放射線被曝」(講談社、2014
4)Piers Williamson, The Asia-Pacific Journal, Issue 48, No.2, Dec. 8, 2014
5)Howard, J., “Minimum Latency and Types or Categories of Cancer”, May 1, 2013
6)2015.2.12福島県民健康調査検討委員会資料3−1より温品淳一氏による作図
http://www57.atwiki.jp/20030810/pages/202.html
7)明石昇二郎、宝島10月号(2014
8)小柴信子氏による厚生省の死亡統計の図式化による
10)落合栄一郎:「美味しんぼ」鼻血論争1、2、3(http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201405141002073201405171452266201405261351081